そうたからバトンを受け取りました。今年度主務を務めさせていただいている島村駿です。
そうたとはよく新入生に顔を間違えられるというイベントが発生していました。その場では「おいおい、まじかよ」という感じでスカしてましたが実は内心うれしかったです。自分もバックスに間違えられる時代がきたかと(そうたがPRに間違えられてる?)。高校からFWだった自分にとっては新鮮でしたね。社会人になっても減量せずに似たままでいてください。お願いします。先週の成城戦でやっと安定した球をバックスに供給できたので残り2戦もがんばるよ。
部日記を書く機会も数少ないので、自分のラグビーに対しての想いを書いて見ようと思います。あまりらしくないので拙文ですが、お許しください。
自分はもともと中学ではサッカーをしてました。サッカー部は人数が多くて自分はその中でもうまいほうではなかったので試合に出ることはあまりなかったし、高校で続けるか悩んでいました。そんな時にラグビーを小学校からやっていた仲の良いM君にラグビーを誘われました。サッカーのくせに90キロくらいあったし、ラグビーなら試合に出られるかもと思って入部を決めました。今思えばM君には感謝ですね。
初めての練習で緊張してグラウンドに行った日のことは今でも覚えてます。当時のFWリーダーが私のサッカー部を辞めてダサしなさに拍車がかかった体を見てニヤニヤしながらすり寄ってきて「お前はプロップだな」と言うや否や、スクラムマシーンの前に連れていかれました。そこからがラグビー人生の始まりでした。
初心者として入ったものの、タックルは痛いし、FWの仕事はきついしで最初はラグビーを全然楽しめませんでした。ラグビーを始めたはいいもののほんとに自分なんかができるスポーツなのかと高校ラグビー生活が不安になりました。そんな状態のまま入部して2か月位で人数不足から公式戦にでることになってしまいました。麻布とかの合同チーム(島田組のかんたさんがいた)に1回戦で負けました。そこで自分に良くしてくれた先輩方が泣いているのを見て本気で自分も悔しい思いをしました。そこからはタックルへの恐怖感等は残りつつも、ラグビーに対しての理解も増えてきてだんだんラグビーが楽しくなっていきました。
(高校同期と昔の試合映像を見たら、めっちゃこすいプレーしてた)
高校ではそこそこの相手に勝つことができたし、ラグビー部の人たちもいい人たちばかりで満足行くラグビー生活だったと言えます。
そんな感じでラグビーに対して当初抱いていた苦手意識はなくなっていて、大学では特にやりたいこともなかったし、国公立大学にいけたらラグビーをやろうかななんて漠然と考えてました。
そんなこんなで浪人を明けて晴れて一橋大学に入学できました。入部宣言をした日のことは今でも覚えてます。パソコン関係で大学に行かなくてはいけなくてその日の新歓イベントに遅刻することになったのですが白石さんが1時間ほど西門の前で待っててくれました(デカすぎてFWの選手かと思っていたがのちにスタンドと知って仰天した)。そのままグラウンドに連れて行ってくれたのですがその道中で「高田君って同期だよね?さっき入部したよ」って言われてしまいました。内心で「うわ~、高田もう入ったか、俺どうしようかな」なんて思いながらグラウンドまで連れて行ってもらいました。大学からグラウンドまでの短い時間で自分の気持ちを決めきることもなくグラウンドに到着してしまいました。大学でまたラグビーをやったら、またきつい練習が待っているし、ほかにやりたいことができた時できないかもしれない。そんな葛藤を抱えながらもイベントがおわった頃には入部宣言をしてました。雰囲気が良く、なにより久しぶりにやったラグビーが楽しかったからです。
そこから自分の大学ラグビー人生が始まりました。
1年生のころは大学生のレベルに圧倒されっぱなしでした。何とか爪痕を残したくて島田さんに思いっきりキャリーしたらがっつりタックルに入られて肩鎖関節を脱臼してしまいました。「また痛い思いをしなきゃいけないのか」なんてふてくされてしまいました。そこからはじめてリハビリ生活をすることになったのですが、それはそれで小曽根さんや嶋井さんと話すことができて楽しくリハビリすることができました。そこで筋トレの楽しさも知れたのが良かったです(ボディーメイクにあこがれてしまって減量したのは今思えば本当にクソでした🙇)。怪我でなかなか練習・プレーすることができなかったけれど、最終的には東大のB戦の試合に出られたのが最高に楽しかったです。そうたも書いてましたが、自分も納得のいくキャリーやタックルができたし、試合に勝つことができたのがうれしかったです。怪我をしながらも楽しむことができました。
二年生の最初では冬オフでまじめに増量に取り組まずにいて、小さい体のままで何とか適当にやればいいなんて感じで真剣にラグビーに対して取り組んでいませんでした。そんな中でも心のどこかではラグビーで認められたいという思いもあり、小さい体ながらにフルコンの練習で大輔さんに思いっきり突っ込んだらまた肩鎖関節を脱臼してしまいました。「また、怪我か、もう辞めようかな」なんて思ってしまってました。
二年生になってからはフロントローの人数が足りなくなって、自分がやらなくてはいけない状況でもありました。当時はまた増量してきついフロントをやるというのが嫌で先輩に反抗してしまったりしてしまいました。今から考えるとかなり幼稚な行動であったと反省しています。国公立や夏合宿で木村さんや大輔さんのおかげでスクラムは押すことができ、手ごたえはそれなりにあったものの、肩の怪我もあってフロントを続けるモチベーションがなくなってしまいました。そこで勝手は決断ながらも一回ラグビーから離れる決断をしました。
3年生(正しくは3年目か…)になると、しんごが「もう一回ラグビーをやろう」と何回も何回も誘ってくれて、漠然ともう一回ラグビーをやりたいと思うようになっていました。
3年目では当初は関節系の怪我は無く、楽しくラグビーできていましたが今度は筋肉系の怪我をするようになってしまいました。また、対抗戦前の合宿で肩を脱臼してしまい、後半は納得する様なプレーができずにチームに迷惑をかけてしまいました。
4年目は最上級生として頑張ろうと100キロまで増量し、チームに絶対に貢献するという意気込みで取り組みました。しかし、個人では怪我であったり、フィットネス力のなさ、スクラムで押し込まれてしまうなど、またチームに迷惑をかけてばかりの1年となってしまいました。残りの2戦でそんな自分を変えたいし、チームに貢献できる選手になりたい。迷惑をかけた分、勝利に貢献できるよう頑張りたいです。
ここまで自分のラグビー人生を振り返ってきましたが、ここまで書いてきてラグビーに対して感じたことがあります。
それはラグビーが「最低」で最高のスポーツであるということです。
「最低」である理由の1つとしてはやはり、怪我があると思います。振り返ってみても自分は怪我が多かったなと感じてます。ラグビーというスポーツは、競技の性質上、怪我とは切っても切り離せない関係です。長くつづけるのは至難の業であるともいえると思います。「うまい選手は怪我をしない」という意見もあるかと思いますが、頭ではそれを理解していても、実際に怪我をするとかなり堪えるものがあります。
サークルやバイトといったキラキラした大学生活や、資格の勉強といった選択肢を放棄して、この大学生生活でラグビーを選択したはずなのに、実際には怪我で思うようなプレーをする機会はとても少なかったです。
日常生活で足首をケガして歩けない瞬間や肩をケガして服を着るたびに何分もかかる度に、「ラグビーやってなかったらこんな思いしなかったのか」「もっと楽しいことできたんじゃないか」といった考えが脳裏をよぎります。
また、もう一つの理由として、自分一人のプレーでほかの14人に迷惑をかけてしまうということです。ラグビーは協議の性質上ペナルティ1個が非常に重いです。自分はペナルティを起こしてしまうことが多々あるのでそのたびにチームに迷惑をかけてしまっています。こちらも精神的には堪えるものがあります。
しかし、実際に部から離れた自分はまた戻ってきたのか。そのまま離れるという選択をすることもできました。
その答えは自分としてはラグビーが間違いなく最高のスポーツであるからです。
何度も辞めようとおもったり、競技をやっていることを後悔したのに、グラウンドで部員と共にリハビリや練習に取り組んでいるうちに、そうした気持ちはいつの間にか薄れていきました。自然と「またラグビーしたいなぁ」なんて気持ちが湧いてきて、松岡さんに「いつ頃復帰できますか?」と何回も聞いてしまう。試合でもトライをとったり(ほぼない)、スクラムを押すことができたり、何より勝つことができた時には何にも代えがたい喜びがあります。これまでいろんなスポーツをやってみたり、観戦してきましたがラグビーを超える興奮は感じたことがありません。
それに加えてラグビーを好きな理由は、プレーの魅力だけではありません。部から離脱しても再度受け入れてくれた先輩・同期・後輩等この部に関わる人達の人柄にあると思います。
こんな自分よりみんな努力家で面白い人たちばかりですごい人達ばかりです。そんな尊敬できる人たちに出会えたのは良い経験でした。
また、ありきたりですがどこかに必ず役割があることがラグビーは最高です。
自分にはしんごや高田のようなキャリ―はできないし、まさるやそうたのように上手にタックルもできないし、二村や牧玄、岩澤のように運動量でチームに貢献することはできません。周りと比較することで自分に武器がなくて、悩むこともありました。しかし、セットプレーで重りになったり、ピックで少しはゲインできるかもしれない。こんな自分でも少しはチームに貢献できる。そんなところがラグビーはいいですね。残り2試合でもビックプレーはできなくても小さいことでチーム貢献できればと思います。
ここまで冗長な文が続いたと思うので最後に関わった方々に感謝を述べて締めとさせて頂きたいと思います。
最近はスクラム・モールともにチームとして調子が良いのでこのまま走り抜けたいですが、その中でも自分がプレーできない間にもセットプレーを守ってくれた後輩のりきと、ちひろ、てるには頭があがりません。みんな大学からフロントを始めたとは思えないようなうまさで毎回助けられてます。ありがとう。
田口さんを始めとしたOBコーチの方々。低学年の時は意識したことがなかったですが主務を経験するとこの部活動がOBの方々の支援によって成り立っているものであると感じる場面が多かったです。満足いく環境を整えてくださりありがとうございました。
松岡さん。松岡さんのおかげでチームに残ることができました。ケガが多い自分にリハビリメニューをくれるだけではなく、メンタル的な部分もかなりケアしてくださいました。また、平日にファミリアにお邪魔しても治療してくださったりと部活の時間外でも様々なケアをしてくださいました。それだけではなく、松岡さんのおかげで筋トレの楽しさを知ることができました。筋トレトークしてるときめっちゃ楽しかったです。いつか万全の状態の松岡さん、BIG3で勝負しましょう。勝ちます。
久保さん。スクラムの基本のところから教えてくださりありがとうございました。指導のおかげで、スクラムが好調になってきました。特に、自分に対しての質問を丁寧に答えてくださったおかげで、練習がしやすくなりました。ありがとうございました。残りの試合でも最高のスクラムをお届けします。
同期。変わった人が多い?かもですが、みんなリスペクトできる素晴らしい人たちです。特に部に戻った時に変な壁を作らず、今まで通り接してくれた時はうれしかった。みんなとプレーできる時間を噛みしめながらプレーします。
両親。何度ケガしても治療費出してくれたり、急に増量するといっても対応してくれたり、サポートなしではここまでプレーできなかったと思ってます。試合見に来てくれたり、応援ありがとう。残り2試合で迷惑をかけることもあるかと思いますが、応援お願いします。
最後にしんご、髙田、そうた、みう、ブライアン、小曽根さん、西尾さん、大輔さん、じょうさんに感謝を述べたいと思います。自分が部から離れたときも連絡をとってくれた人たちです。連絡があったからこそ部とのつながりを感じることができたし、また戻ろうと思うことができました。特にしんごは何回も連絡をくれて、普段口にはできてないけどあの時のことは本当に感謝してます。ありがとう。皆さんに恩返しとして勝利に貢献したいと思います。
書きたいことは書けたと思うのでここらで終わりにしたいと思います。読んでくださった方ありがとうございました。
次の部日記は高田です。中学からでまさか今年で11年目です。人生の半分近くを高田と同じ環境で過ごしてると思うとゾッとしますね。あと、最近友達が次のフェーズに行ってしまって焦っているようですが焦らないでほしいですね。なぜなら今が一番カッコイイからです。絶対に痩せないでほしいですね。絶対に。そんな高田君ですが11年の中で今が一番「漢」ですね。これは断言できます。FWをまとめてセットプレーの要として頑張っていますが、その姿勢は尊敬できるものがあります。普段は真面目な話をしないので部日記でどんなことを綴ってくれるのか楽しみですね。
